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おっさんの修学旅行

修学旅行

代表の渋谷です。2021年は、貴方にとってどの様な年だったでしょうか?私にとっては新しい学びの時期でした。ご縁をいただき、座禅・哲学・気学・近代史を学び初めて新たな視点に気づくこともできました。そんな経験を通じてお寺・神社(神社仏閣)に対する興味が大きくなったので、弊社店長6人と12月某日に京都奈良研修(修学旅行)に行ってきました。なぜ、暮れも押し迫った時期に行ったのか?それは、2022年は厳しい時代になると読んでいて、その様な時代だからこそ根拠ない自信が必要になるのではないかと判断したからでした。根拠ない自信を得るには古(いにしえ)の日本人の思想をしり、残した国宝に触れることで自分の中に感じること・気付きが生まれる可能性に期待しました。そして、今、振り返ってみても店長6人と一緒に行って正解だったと思っています。今回は、おっさんの修学旅行で気づいたことをブログにしました。神社仏閣の歴史等詳細は割愛させていただきます。その他、趣味も仕事も新しいコトなど、チャンスがあればブログにしたいと思います。ルート:法隆寺→東大寺→民泊→護国神社→三十三間堂→東寺でした。

利他(見返りを求めない)

みなさん東大寺が建てられた理由をご存知ですか?実は、今回の修学旅行で一番心に響いたのがこれでした。東大寺が建てられた理由は、聖武天皇が地震、月食、皇太子の死、世の中の混乱などを憂いて平和な国にするためと言われています。同時に、仏教の教理を研究し学僧を育成する今日の『総合大学』の役目もあったといいます。聖徳太子が建てたとして有名な法隆寺も推古15年(607年)に建設されました。ここも、學ぶための役割もあったと言われています。
マジか!と思ったポイント

  • 建設理由が自分のためでなく国民のため
  • 學ぶことが当たり前になっている
  • 何百年にも渡り建設され続けた

西洋の『城』との違いに気づきました。西洋の城は王様のために建立されます。多くの城の城壁は敵が入ってこないように高く設計してあります。対照的に神社仏閣は国民(他者)のために建立されます。そして壁は低く攻撃されることは想定していないようでした。何よりも、権威者が国民(他者)を思うことも、そして建立に国民の40%が協力した神社仏閣が存在することからも『一緒』『一体感』を感じ取ることが出来ました。

店長6人が同じように感じたこと『志を感じた』ということでした。志=士+心と書きます。それぞれの意味を調べてみると次の通りでした。

士=男性、学問・道徳を習得した人、侍、一定の資格・職業の人
心=精神、身についた考え方の傾向、性分、思慮、分別

私達は、自分が習得した学問・技術を誰のために役立てようとしているだろうか?
神社仏閣の技術が超越していて、現在では再現できないそうです。重機、PC、運送手段、人口も現在の方が多いにも関わらず昔の人(671年)?の人の智慧の方が現在よりも優れている?
これは、ものすごくヒントにもなる訳です。今の「便利な環境」が創造力・思考力を育たなくしているかもだし、地震・台風・火災が度々起こって建物が破壊されてもガッツで再建を繰り返した。随分と労力と時間は掛かったと思う。誰のために再建したんだろうか?

超越した技術

  • 免震構造
  • 1000年耐える柱
  • 宮本武蔵の襖絵と二刀流

免震構造

世界最古の国造建築【法隆寺】。驚くことに、1300年以上も前に免震構造を持ち合わせた木造建築を建立しています。驚くことに、現代の技術では再現することは困難らしいです。法隆寺の解体復元を行った宮大工・故西岡常一氏の言葉を引用します。「古代の建築物を調べていくと、古代ほど優秀ですな。飛鳥の大工は、自分たちの風土や土の質というものをよく知っていたし、考えていたんですな。」と話されています。現代はどうなんでしょうか?人間が一番だと言わんばかりに傲慢に自然を裁き、人に対しても優劣をつけて裁いているようにさえ思います。

メカニズム的な説明は添付させて頂きますので興味ある方は読んでくださいませ。
匠の技を読み解く ~法隆寺五重塔はなぜ地震で倒れないのか?~<トリスミ集成材株式会社 さまより>

1000年耐える柱

なぜ1000年経過しても耐えることができるのか?
秘密は、「檜」にあるそうです。なんと!昭和の法隆寺の大修理では、全体の65%が1300年前の檜をそのまま使うことが出来たそうです。さらに、強度に関しては伐採直後から強度が増し、約200年後に強度のピークを迎えるそうです。1200年経過しても伐採直後の強度を維持できるそうです。昭和の修復に携わった名棟梁の故西岡常一さんによれば、その表面をカンナで削ると、檜独特の香りを放ったといいます。

檜の秘密を知りたい人は?コチラ<日本ハウスHDさんより>

宮本武蔵の襖絵と二刀流

岡山県美作(宮本村)で生まれたとされている宮本武蔵(以下は武蔵)。
武蔵を描いた漫画「バガボンド」にもありますが、剣豪であった武蔵の生涯において最も重要な決闘が将軍家の兵法指南役を務めた吉岡道場の一門数十人との決闘だと言われています。その決闘は3回に及びます。その時、武蔵は弱冠21歳。武蔵の天才ぶりが伺えます。武蔵は13歳の時に最初の決闘に勝利し30歳になるまで60回以上に及ぶ決闘を行い負け知らずでした。

吉岡一門との決闘の後に身を寄せた(匿ってもらった)のが観智院。身を隠している間に描いたとされる『鷹の図』と『竹林の図』が観智院の客殿に残されています。剣豪が持つ気迫を今も感じ取りることが出来ます。そして、何よりも驚いたことは描いている『絵』の大きさです。一気に書き上げたように思える躍動感。そして、全体を見ることができた空間認識能力の高さ。その場で説明をしていただいた係の方曰く『貴方がおっしゃる通りです。竹林での静寂さ、鷹では獲物を見据える眼光の鋭さを表現しています。同時に、これだけ広い範囲で全体を捉える空間認識能力があるからこそ二刀流が使えたと言われています。』
剣を構える時、自分の両手に持つということは両方の剣先の範囲を意識する必要があります。凡人には想像さえつきませんが武蔵が無敗だったのが頷ける話です。

宮本武蔵について詳しく書かれてあるブログ<京都×Trivia in Kyotoさんより>

終わりに

いかがだったでしょうか?
私は、京都・奈良といえば神社仏閣があり観光名所。今回は、弊社各店長が担当の神社仏閣を案内するという役割分担にしました。徹底的に調べたようです。その結果、建立された時代背景、どの様な念いだったのか、古の技術などを理解することができました。17条の憲法の内容を改めて知り、現代人が忘れている道徳観に気付きました。先人達が残してくれた文化・技術を受け継いでいる私たち。世界で一番歴史ある日本。

先人から『今の日本はいい国ですか?』
あなたは、どんなふうに応えることができますか?

 

 

 

 

 

 

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この記事を書いた人
渋谷 光弘
Shibuya Mitsuhiro
代表取締役
著者:みっちゃん

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