下積みを飛ばして楽をすると、思わぬところで苦しむことになるかも?
こんにちは!渋谷石油の三富です。
8月も終わり、いつもの日常が戻ってきました。人によっては長期休みが終わって少ししょんぼりした気持ちになる人もいるかもしれませんね👀
僕はというと、慌ただしい営業が一旦終わり、休みが取れてリフレッシュをしています。笑
さて、前回、効率よくゲームを進めていくと、寄り道がない分得られるプレイスキルも減ったり、楽しみも減ってしまう可能性がある、といった内容のブログを書きました。(前回のブログはこちらから)
この記事ですが、まつむら商店で働いているアルバイトの方から「読みましたよ~」との声をいただき、少し照れくさいなぁと思いながらも嬉しい気持ちになりました。書いた内容を思い返している中で「これって、実は現代の特徴にも当てはまるのでは?」と考えてみました。
令和になってから、AIを中心に便利な技術がどんどん日常に溶け込んできました。AIに分からないことをなんでもすぐ教えてもらえるようになりました。商品やイベントのPOPも、AIにお願いすることですぐ作ることができます。
しかし一方で、すぐ分かる情報というものは間違っているものもあったりします。また、試行錯誤しながら調べるという行為そのものが後々活きてくることもあります。また、AIが作ったものは、見る人によっては「あ、これAIで作ったな」と分かるようなデザインが多かったりします。僕は文章については素人なのでほぼ分かりませんが、音楽はなんとなく分かったりしますし、デザイン関係の制作物(イラスト、POP)はほぼ1発で分かります。
AIが作ったかどうかが分かる人、それは「多少なりともデザイン関係の制作物を作ったことがある人」だと思っています。なんか違和感があるんだよな…と思える人は、今まで試行錯誤したり調べながらその分野の“基礎”を積んだ人だろうなと思い、ブログにしてみました。

下積みの中に、その分野で押さえておくべき“大事なこと”が眠っている
今回のブログを書こうと思ったきっかけの1つに、Twitterで繋がっているイラストレーターの方がつぶやいた何気ない一言がありました。
「AIで作ったyoutubeサムネイル、どこか違和感があるんだよな~、上手く言語化はできないけど…」
それを見て自分なりに考えてみると
・全てが強調されていて、どこに視点を向ければいいかがパッと見て分かりづらい(分かりやすいサムネイルは、強弱が付いていて自然と視線が誘導されるようにできている場合が多い)
・色の使い方が激しく、見ていて疲れる(通常は、似たような色を2-3種ぐらいで作ることが多い)
などがありました。
そこから分析してみると、これらの要素は“デザインをするにあたって押さえるべき基礎”であるように感じたんですよね。どんな分野のサムネイルを作るにあたっても、ここを押さえておけば、変なデザインになることはまずないとされています。
思い返してみると、POPなどを作るようになって最初の頃は、店長や先輩から「なんかセンスないんだよな~」とダメ出しをもらうことが多かったように感じます。その時はあまりいい気持ちではないながらも試行錯誤してなんとか完成させていたのですが、その経験があるからこそ、自分の中で基礎が出来上がっていたのかもしれません。

急な成長ではなく、1歩ずつ階段を登るように成長する
同じようなことは、飲食でも言えるかもしれません。一口にホール/キッチンと言っても、まずは料理出しや、洗い物からスタートします。そこから徐々に色々なことを覚えていって、最終的には全体を見て、ホールでお客様をどのように案内するかをコントロールしたり、アルバイトに料理の順番を指導するようになります。
お客様を待たせる場合、どのくらい時間をいただくか?料理が一気に入った時、どの順番で進めるのがお客様にとって良い状態になるのか?それは、今までの経験があるからこそ判断できることでもあります。このお客様はもうお食事が終わっているからもうすぐ帰りそうだな…、経験上この料理を出していれば、お客様が食べている間、卓上に何もなくて待っている状態にはならないな…。そういったところからも判断できるようになります。
また、一見単純な作業に見えることも、実は仕事を進めるうえで大事な経験だったりします。飲食店において一番守らないといけないことは、サービス力や料理の味よりも、衛生管理だったりします。生肉を触った手で調理器具を触らない、食器などが割れた時は、大げさすぎるほど片付けをして、万に一つも食材に破片が入らないようにする。そういったことは、普段の洗い物やオペレーションの中で守られていることです。
もし、下積みを積まずに接客や調理をしたら?たしかに、表面上は仕事ができる人もいるかもしれません。しかし、実はそういった“守らないといけない大切なこと”が、抜け落ちているかも?

苦しんだ経験が、教える側に立った時の共感力になる
地道に努力して上達していった人ほど、自分が躓いていたところを覚えているものです。そういった経験は、人に何かを教える時に「自分も、ここで苦労したなぁ」と振り返って思い出すものです。逆に、元から自然とできていたり家庭の中で親から教えられたりで“当たり前”のようになっているものだと「なんでこんな簡単なこともできないのか!」と、他人に対して強く当たってしまうことも。
色々なことが便利になって短縮される一方で、大事なことは地道にコツコツやっていくことが、案外近道になっているのかも?

ではでは。





